shantipapa’s blog

私の人生の記録です。節約、Apple、代替医療、瞑想など

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旅日記4 大晦日のバラナシ

まだ暗いうちに目が覚める。車窓から見える風景がぼんやりと薄明るくなってきた。そんな景色をうとうとしながら眺めていた。7時半頃に駅に停車した。グーグルマップで現在地を確認したところAllahabad Junction という駅だった。

海外を旅するときに現地SIMが使えるのはとても便利なものだ。もちろん日本のキャリアが提供する海外ローミングでも同様なことはできるのだが、値段が桁違いだ。だいたいの価格であるが、中国でもインドでも初期費用でだいたい1200円くらいで1GBのデータ通信+通話が可能となる。1日ではなく、滞在期間でその値段だ。パケット容量が足りなくなれば追加もできる。事前の下調べなど必要であるが、この便利さは変えがたい。現地SIMをいかにして使うかが、次世代型バックパッカーの要点になってくるだろう。

Allahabad Junctionで朝のチャイを購入し、車両にもどった。列車は2時間以上遅れている。バラナシにつくのも遅れるだろう。これもインド時間、のんびり待つとしよう。

異国の列車に揺られ車窓を眺める。いま自分は旅をしていると心から感じるひとときだ。私はこんな時間が好きだ。

お隣の席に座っていたビハール出身の紳士が朝コーヒーを私たちにも振舞ってくれた。旅のひとときの出会い。ありがとうと言うと紳士も嬉しそうにしてくれた。

やがて列車はバラナシ・ジャンクション駅に到着。インドの列車は基本的に駅に着く前に何のアナウンスもない。おまけによく遅れるので、旅行者は気をつけてないと目的地で降り損ねる恐れもある。なので、長距離列車に乗る際には、近くのインド人に目的地を伝えておいて、目的地が近くなったら教えてもらうと良いと思う。 私はiPhoneGoogle mapでいま列車が走っている位置を確認して、目的地のバラナシ・ジャンクションが近いことを把握していたのだが、隣のベットのビハール州出身の紳士も、私達のことを気遣って、地図を見ていてくれた。その心遣いが嬉しかった。ありがとう。

車両を降りると、Kedareswarでお願いしておいたピックアップの方が私の名前を書いた紙をもって待っていてくれた。彼の車はオートリキシャではなく、普通の4輪自動車だった。バラナシはデリーに比べたら田舎であるが、それでも道行く車やリキシャ、バイクの数は多い。おまけに牛が道の真ん中で寝ていたりする。これぞインドって感じが湧いてくる。この方は、私達が日本人だとわかると「Prime minister Abe」の話しをし始めた。安倍総理のことか。私は知らなかったのだが、インドを訪問した安倍総理がバラナシにも来たらしい。その時にはバラナシ中の商店が全て閉まったとのことだ。

ガンガー沿いのバラナシ旧市街は車やリキシャの乗り入れができないので、近くのGodauliya Lanka Rdに車を停めて、そこからはゲストハウスまで歩いた。バラナシ旧市街の細い路地を歩く。もう何年ぶりになるだろう。26歳になったときだ。あの時は中国の上海に船で入り、陸路中国を西に進みチベットからネパールに入り、その後インドのここバラナシにたどり着いた。その時が僕にとっての初めてのインド。そして17年の時を経て、いままたここバラナシを歩いている。

やがて私達はチョーキーガート近くのケーダルシュワールゲストハウスに到着した。オーナーのミントゥさんは日本語がとても達者だ。ここバラナシには3泊する。せっかくなのでガンガービューの部屋に泊まりたい。今日はこちらのケーダルシュワールは満室なので、今日の宿泊は姉妹ゲストハウスのクリシュナゲストハウスに泊まり、明日部屋を移動して、ケーダルシュワールのガンガービューの部屋に2泊することとした。また今晩ゲストハウス近くの別会場で大晦日インド音楽コンサートがあるというので、参加してみることにした。

クリシュナゲストハウスはケーダルシュワールから歩いて5分ほどのところにあった。オーナーのミントゥさんのもともとの実家を改装したらしい。まだ新しく綺麗な宿だ。荷物を置いてほっと一息。長時間移動して、ゲストハウスにチェックインし、荷物をおろす瞬間。この瞬間がたまらない。ほんのりとした疲労感、そして、宿の外に広がる街中。これからこの街でどんな出来事があるんだろう。そんなワクワクだろうか。心躍るひとときだ。

さて、今回の旅では、着替えをあまりもってきていない。上海から旅を始め、デリー、列車泊と今日で4日目。そろそろ洗濯をしなくてはならない。街を少し散歩がてら洗剤を買いに外にでることにした。洗剤はそこらにある商店で小袋にはいったものが買える。レセプションでWhere's general store? (雑貨屋はどこ?)と聞いてみた。受付のお兄さんがComeと案内してくれたのだが、雑貨屋ではなく、もとのケーダルシュワールゲストハウスに案内されてしまった。ケーダルシュワールとクリシュナゲストハウスは歩いて5分ほどなのだが、細い道をジグザグに曲がっていくので、最初はわかりにくい。なので気を使って案内してくれたのだろう。このケーダルシュワールゲストハウスはベンガリートラ・ロードに続くメインロード沿いにあるので、この道沿いに商店やカフェなどたくさんある。

洗剤だけ買って、すぐに宿に戻るつもりだったのだが、ガンジス川(以下、ガンガーと呼ぶ)近くまで来たので、このままガンガー沿いを散歩することにした。

ここは特別な場所だ。ヒンドゥー教の聖地バラナシ。 帰ってきたという気持ち。また来れたという気持ち。 嬉しくワクワクする気持ちもありつつ、心の奥はすっと静まってもいた。似ているものも違うものも溶け合うような、そんな気持ちが生じた。

まだバラナシには来たばかりだ。お腹も空いたし昼飯でも食べようということにした。ガンガー沿いのアジャイ・ゲストハウスの屋上レストランで食べることにした。ガンガーを眺めながらのランチなんでいいじゃないか…と思って入ったのだが、注文したフードがなかなか来ない。30分待ち、40分待ち…あとから入ってきた金持ちインド人の注文したものが先に出てくる始末。ずっと座っていると、曇り空を通り抜けてきた太陽光線にじりじりと体力が奪われていき、なんか我慢大会みたいになってきた。妻も消耗してきている様子が見て取れたので、日陰の席に移った。やがて1時間弱ほどして、私たちの頼んだ料理が運ばれてきた。まぁ、味は普通。普通に美味しくいただきました。

その後は、ベンガリートラ・ロードにでて、バナ・ラッシーという評判の良いラッシー屋さんに行ってみた。私はバナナココナッツ・ラッシー、妻はパパイヤ・ラッシーを注文した。うん。これはうまい!芸術的ラッシーだ。

その後、最初に外に出た目的であった洗剤を買って宿に戻った。シャワーをあびつつ、バケツにお湯をいれて洗濯をした。洗濯物を干したら、昨晩からの列車での移動と街歩きの疲れがでてきた。妻ももううとうとしている。ほんの少し仮眠をとることにした。

一時間半ほど眠っただろうか。外はもう暗くなってきていた。日没後に行われるプジャ(礼拝)はぜひ見ておきたい。私たちは再び、日が沈み暗くなったバラナシの街にでた。

ダシャーシュワメート・ガートの前は人だかりができていて、プジャーが行われいた。響き渡るタブラーのリズム。炎の舞とともに神への祈りが捧げられる。涙を流している婦人がいた。これは本来、観光客用の見世物でなはく、ヒンドゥー教の儀式なのだ。

私は宗教全般が結構好きだ。好きというのも、少し変な言い方かもしれないが、とにかく好意的に思っている。若い頃は宗教なんて全く興味がなかったのだが、大学4年の時に初めて海外を旅した時に、チベットに行き五体投地を見た時に、何かが変わったのを覚えている。「あぁ。心から信じられるものがあるのは、きっと幸せなことなんだろうな。」そんなことを思ったことを思いだす。時がほんの少しとまったような感覚。人々の祈りのつぶやき。紺碧の空。繰り返される五体投地。そんな20年前の旅の一幕がここバラナシで思い出された。

さて。今日は大晦日。2015年の締めくくりは、インド音楽の生演奏を聴きながらディナーだ。ケーダルシュワール近くのシャンティ・ゲストハウスという宿が主催する年忘れインド音楽パーティー。購入したチケットに8時からと書いてあったので、8時ぴったりに行ってみたら、演奏者四人の到着と同時になったが、観客は他にだれもいなかった。やがて、30分ほど時間がたつとある程度観客もあつまり、1時間ほどして、かなり席がいっぱいになってきた。インド時間の8時開始は8時から少しずつ人が集まり始めるということのようだ。

やがて、インド音楽の演奏がはじまった。タブラーのリズムが心地よい。歌い手がとても表情豊かに楽しそうに歌っていたのが印象的だった。

食事はインド料理のビュッフェ。美味しくお腹いっぱいに頂いた。インドと日本の時差は3時間半。食事をしながら、日本はもう年が明けているな。ふとそんなそことを考えた。

食事のあと、インド音楽第二幕があり、年を越したらハッピーニューイヤーのケーキがあったそうなのだが、私たちは移動などで疲れもでてきていたので、晩御飯を食べて少ししたら、会場を後にした。

シャンティ・ゲストハウスを後にして宿へ戻る。バラナシの夜道は少し緊張するが、何事もなく宿に到着。2015年もこれで終わり。今年は結婚もしたし、こうして妻とインドに新婚旅行に来ている。良い年であった。

自宅VPNとComicShareで最高のコミック閲覧環境ができました

VPN導入のきっかけ

年末年始に中国インド旅行を行く際に、以前よりずっと実現したかった自宅VPNの導入に踏み切りました。理由は渡航先でのWifi環境接続をする場合の通信の安全を確保したかったためです。というのはこじつけで、ずっとずっと自宅VPNをしてみたかった!という好奇心と自己満足のための導入というのが本当のところでしょうか。

少し設定に苦労しましたが、無事自宅VPNを構築して日本をでました。旅行中は特に中国で役立ちました。中国ではGoogle規制があり、Google検索やGoogleMapなどが利用できません。でもVPN張れば全て解決。上海空港で中国联通 China Unicom のSIMをゲットしましたので、SIMフリーiPhoneに差してGoogleMapで道案内してもらったり地下鉄のルートをしらべたりできました。おっと。タイトルと話がずれてきてました。

ComicShareとの出会い

さて、日本に戻り自宅VPNをどのように活用しているかですが、ComicShareという素晴らしいコミック閲覧ソフトを見つけたので紹介したいと思います。

値段は記事作成時点で360円です。このComicShareというのは、サーバー上の画像ファイルをiPhoneiPadで直接閲覧できるソフトです。Comicという名前が付いている通り、漫画本を読むことに特化してつくられています。電子書籍化した漫画というのは一枚一枚のjpeg画像をZipやRARで圧縮して一つのファイルにするのが普通で、多くの電子書籍ビューワ(特にi文庫やComicGrassなどの漫画を読むことを主目的としたソフト)はこのZIPやRARでまとめられたファイルを直接よめます。

で本題。このComicShareが優れているのはサーバ上にある漫画ファイルをストリーミングで読むことができることです。これはつまり、VPNを構築して外出先から自宅のサーバやNASにアクセスできれば、いつでもどこでも自宅に保存してある電子書籍ライブラリにアクセスできるということになります。いままでもiPhoneiPadで漫画を読むことはできましたが、あらかじめ端末にファイルを転送しておく必要がありました。ですが、ComicShare + VPN + 自宅サーバ があれば、その必要もなく、通信環境さえあれば、思い立ったときに、読みたい漫画を読めるという環境ができます。これは自分にとっては革命的な出来事でした。

複数デバイス間で既読・未読の情報をシンクできる。ストリーミングはもちろん、ダウンロードして読む事も可能。

ComicShareはiPhoneでもiPadでも利用できるユニバーサルアプリです。VPN自宅サーバにアクセスすれば、同じ漫画にアクセスできます。

iPadでアクセスしてみました。4巻目31ページまで読んだことになってます。

iPhoneで同じフォルダにアクセス。同じく4巻目31ページまで読んだことになってます。

iPhoneで47ページまで読み進めてみました。

iPadでの表示も即座に47ページまで既読になってます。

ダウンロードもできます。右上の「編集」ボタンをタップ。

外出先での通信量はなるべく節約したいですね!とりあえず4巻〜10巻までダウンロードしてみます。

ダウンロード中です。やっぱり自宅wifiは速いですねー。

iPadの端末内にダウンロードした漫画を読み進めてみます。

5巻目の30ページまで読みました。

iPadのローカルにダウンロードした既読情報が、iPhoneでみたサーバ上の既読情報にもちゃんと反映しています。ユーザーのことをしっかり考えた素晴らしい設計です。

追記:個人用データ保管庫の最高峰 Drobo

VPNからアクセスできるデータ保管庫として、常時起動したコンピュータをサーバとして稼働させてももちろん良いですが、我が家はDrobo君を稼働させています。DroboというのはHDDが5台まで入るケースのようなものですが、複数のHDDをとりまとめ、ひとつのドライブとして使用します。RAIDという仕組みです。

その際にデータは複数のHDDに分散、重複して書き込まれるため、たとえDroboに差し込んだHDDのうち1台のHDDが故障してもデータは安全に保たれています(シングルディスク冗長化)。より安全性を高めたい場合は、設定により2台のHDDの故障まで対応できるようにできます(デュアルディスク冗長化)。またHDDの故障や、容量追加などもHDDを入れ替えるだけで、自動的にデータの分散、重複化の処理をしてくれます。安全性と利便性の高いデータ保管庫として機能します。

企業などのファイルサーバとしては向かないですが、個人宅もしくはSOHO用途でしたらおすすめできます。(たとえ、デュアルディスク冗長化をしていたとしても、データを失う可能性はあるので、重要なデータは2重3重のバックアップをしてくださいませ)

Droboにはいくつかの種類があり、USB3.0とThunderbolt端子を備えたDrobo 5Dと、イーサーネット(Gigabit Ethernet port)を備えたDrobo 5Nがあります。Drobo 5Dはコンピュータに直接接続するタイプなので、VPNで外部からデータにアクセスしたい場合、常時起動したコンピュータが必要です。すでにサーバが立ち上がっている環境でしたら、コンピュータのバックアップなどもできるので良いと思います。

複数のコンピュータやデバイスから同じデータにアクセスしたい場合はネットワーク接続のDrobo 5Nが向いてます。直接接続の5Dより読み書きの速度は遅いですが、同一LAN内の全ての端末から利用できます。自宅VPNが構築されていれば、どこからでも自宅の巨大で安全なデータ保管庫にアクセスできるという利便性があります。

個人的なDrobo活用法について

さて、私がこのDrobo君をどのように活用しているかですが、うちの設定はシングルディスク冗長化で使っています。HDDの1台の故障は対応できますが、2台の同時故障はアウトです。私は絶対失ってはならないデータは2重3重のバックアップをとってます。普段使いのMacBook ProはTime Capsuleで自動バックアップされ、さらにDropbox経由でクラウドにも同期されています。職場のMacもTime Machineの設定で自動的にバックアップされてます。

よって、Droboはメディア保管庫としての役割が主となってます。今回のような漫画を含めた電子書籍全般。いままで撮りためた写真、動画など。写真や動画などは溜まってくるととても容量が大きくなってきます。そのような大きいデータも、自宅で安全に保存できるのはとても心強いです。

あ。でも、大切なデータはバックアップ。一生懸命スキャンした電子書籍のデータが全部消えちゃったりしたら泣きますので。

話があちこち飛びましたが、ComicShare最高!というお話でした。 ^o^

旅日記 3 デリーを離れる

インドに着き、一夜明けた。 窓がない部屋なので時間の感覚がわかりにくいが、7時前に目が覚めた。身支度などを整え、8時少し前にチャイでも飲みに行こうと外に出た。そのまま駅に行き、予約していたキャンセル待ちの予約がどうなっているのかも確認しに行こう。メインバザール入り口にほど近い駅前のところに、食べ物屋が密集しているところがある。そこでまず朝ご飯を食べた。そのあとチャイを飲む。地元の人達と同じものを食べ、同じようものを飲む。そんな当たり前のことがとても楽しく心地よい。

その後、デリー駅二階の外国人専用の予約オフィスに行った。順番待ち番号の券を発行するタッチパネルの反応が悪く、何度も押したら少し間があり、押した回数分の順番待ちチケットが出てきてしまった。よく見ると同じように押してしまってたくさん出てきたチケットが上に乗せてある。次に来た西洋人の人も同じように何度も押し、チケットが何枚もでてきていた。

私達の順番がきた。まずは先日クリアトリップで列車の予約をしたのだが、キャンセル待ちでどうなっているのかが知りたいと伝えた。するとすぐにコンピュータで調べてくれた。まだウェイティングのままだという。確実に今日行きたいのなら、チケットを今取りなおしたほうがよいと。昼前11時半の列車なら空いているという。さすがにあと2時間半ほどしかないので、忙しすぎる。その他の今日の列車だと夜8時半発の列車がある。しかし、一番高価な1stAC。だが、今回の旅は期限も限られているので、今日確実に行きたい。そこで予約をお願いし、その後の日程のバラナシ→アグラ、アグラ→ジャイプール、ジャイプール→デリーのチケットも手配してもらった。これで旅の移動の確保ができた。一安心。

その後、南インド料理店で昼ご飯を食べた。私が食べたミールスはまぁまぁ美味しかったのだが、妻が注文したビリヤーニはイマイチ。米でなく、細かく刻んだ麺が使われていた。妻にとっては初ビリヤーニだったのに、これがビリヤーニだと思われたら損失である。機会をみつけて美味しいビリヤーニを食べてもらう。

宿に戻った。チェックアウト時間が12時なので、その前にチェックアウトするか、延長するかの手続きをしなければならない。 レセプションで、「今日の8時半の列車でバラナシにいく。半分払うから7時まで延長させてくれ」と交渉してみた。通常延長は半値で5時までだ。だが私達は日本人を尊敬している。だから6時までなら特別にオッケーだ。だが、1分でも6時を過ぎたら全額払うということで、6時までの延長してもらった。

次はクリアトリップで予約した列車のキャンセル。オンラインでキャンセルのボタンを押したが、8時〜12時まではIRCTCの受付が停止しているので、12時以降に再度手続きするようとの表示がでた。 1時間ほど待って、12時になってすぐに再びキャンセルのボタンを押したら、キャンセルできないとの事。予約状況を再び確認したら、キャンセル待ちだったのが席が取れていた。IRCTCに連絡してくれとの表示。この宿は一階にシゲタトラベルという旅行代理店を併設していて、日本語が通じる信頼できる旅行代理店という情報を知っていたので、率直に聞いてみることにした。そしたら、一度座席番号が決まってしまったら、オンラインではキャンセルできないとのこと。勉強代だと思い、キャンセルは諦めた。

次はSIMのアクチベーション。昨日SIMを購入した時には翌日(今日)の12時にアクチベーションできるとショップの人が言っていた。アクチベーションにはある番号に電話をして、質問に答えてパスポート番号の下4桁を伝えるらしいのだが、電波を拾ってないのでアクチベーションすることができない。そこでふたたびショップに行ってみた。すると、12時ではなく、2時〜4時だと。12時を過ぎてから2〜4時間くらいで電波を拾うようになり、端末からアクチベーションできるようになるから待てと言われた。本当にできるようになるのか??と疑念が湧いてきたが、ここは言われたままに待つしかないだろう。

夕方6時のチェックアウトのまで、少し時間があるので、その後コンノートプレイスまで散歩してみた。

コンノートプレイスを歩いていたところ、iPhoneがブルっとしてSMSが届いた。Airtelの電波を拾っているではないか。すぐにアクチベーション用の電話番号にかけてみる。自動音声のガイダンスにしたがって、パスポート番号の下4桁を入力した。すると少しして、3Gの表示がでて、パケットを拾うようになった。よし。 これでネットができるようになったと思ったのもつかの間、ページにアクセスできない。どのページを開いてもAirtelのページに転送され、ネットのプランを始めるというボタンがでてくる。そのボタンを押すと、インターネットが使えるようになったと表示されるのだが、ページを見ようとしたら、また同じAirtelのページに転送される。うーん。無限ループだ。パケット残をみてみると、0rs、0mbとなってる。リチャージが必要なのか?通話とネット容量が500MBくらいあるものだと事前のリサーチで思っていたのだが。Airtelのページからオンラインリチャージしようとしても先に進めず、よくわからないので、やはりここはまた聞いてみるのが早いと思い、三たびショップへ。

アクチベーションは恐らくできたのだが、ネットが通じないと言ったら、店員が見せてみろといい、私のiPhoneをチョコチョコ操作した。するとSMSがきて、残り容量が1GBくらいだと表示されてこれでオッケーだと。試しにYahoo!にアクセスしたら、ちゃんと表示された。いやはや。インドでのSIM購入はなかなか苦労させられたが、これで私のiPhoneがインドの地でも牙を取り戻した。

宿にもどり、パッキングを整えてチェックアウトをした。列車の時間まで少しあるので、歩き方にも載っていて、トリップアドバイザーでも評価の高いSams cafeに行ってみることにした。1Fと屋上にカフェがある。1Fから入ると客はいなく、飾り気のあまりない感じだった。屋上がいいと言ったら、店員が案内してくれた。屋上のカフェ空間は別世界だった。真ん中に芝生と植物を植えた空間があり、綿と電飾、キラキラした星型の飾りがしてあり、クリスマスのような飾りつけがしてあった。そして猫が3匹もいた。黒猫の子猫2匹に茶トラが1匹。素敵な雰囲気のカフェだ。

メインバザールを行き交う人々を上から眺めるのは楽しい。よくもこんなたくさんの人、リキシャ、バイクがぶつからずにいられるものだと思う。

ここはピザが大変おいしかった。 バラナシについてからの宿がまだ決まってないことが心配だと妻が言うので、Aruccoに載っている評判の良さそうなKedareswar bed and breakfastに電話してみた。この宿の主人は日本語が話せると書いてあったので、そのまま日本語で話してみたところ、普通に会話ができた。残念ながら明日は部屋の空きがないというが、姉妹ホテルのKrishna guest houseが空いているとのこと。Krishna guest houseにはさほど魅力はなかったのだが、Kedareswarのガンガービューの部屋に泊まりたかったので、Krishnaのほうに一泊して、その後Kedareswarに移動して二泊ということで予約をした。また駅までピックアップもしてくれるというので、お願いしておいた。こういうときに、やはり現地SIMが使えるのは心強い。普通に電話して予約したりできるし、google mapで地図をみたり、経路案内もできる。

そして、いよいよ列車。8時半発の列車は、すでに8時過ぎにはホームに停まっていた。立っていた係員に1ACの車両はこれだと言われてのったが、自分の場所がわからない。どんどん乗客も入ってくる。とりあえず空いていた寝台にすわり、前のインド人にここは1Aかと聞いてみた。すると、ここは2Aだと。1Aは隣だと言われて移動してみると、確かに1Aの車両があった。外にでて車両の前の張り紙を確認したら自分の名前が載っていて一安心。寝台につくことができた。

列車の移動は旅の中でも思い出に残るイベントだ。 ベジの車内食を頼んでみた。けっこう美味しくて完食。

車両は古いが、一等寝台は快適だ。となりのビハール州出身のおじさんも物静かな紳士だった。心地よい揺れのリズムに身を任せて、いつしか眠りについた。

旅日記2 上海からデリーへ

中国東方航空のデリー行きは思っていたほどキツくなく、予定より1時間ほど早くデリーについた。着陸時に見えるその土地の表情は、ほんと各国で違う。上海の印象は泥水の海、黄色い国土という印象だった。デリーは、夜に到着したのもあるが、夜景の光がオレンジ色一色なのが印象的だ。

デリー国際空港はとても広く、そして綺麗だった。現代建築にみられる無機質な美しさではなく、温かみのある美しさで来国客を歓迎してくれた。

まずは、ルピーを手に入れなければならない。税関をでた正面にあったATMでキャッシングしようとしたが、機械の調子が悪いのかガタガタゴトゴト音がしたまま固まって使えるの気配がなかった。インド人が横から画面を覗き込んできて、これは使えないから向こうのを使えという感じで言ってきた。デリー空港を警戒していた私は、そのインド人のことが信用できず、「わかっているからあっちに行け」と追い返してしまった。結局もう一台のATMを使い、現金を引き出すことができた。

※ かつてのデリー国際空港ははじめてインドに来た旅行者を騙そうとする輩でいっぱいだったのだが、2、3年前に政府の指導がはいり、かなりそのような事例は改善されたらしい。空港の建物内に入るのも入り口の警備員にe-ticketの控えを見せなくてはならないなど警備体制もきびしく、空港で客引のインド人に囲まれるようなことはもうあまりなさそうだ。

さて、ルピーもゲットしたし、ここから安宿街メインバザールに向かう。タクシーを使っても、目的の場所まで連れて行ってくれないなどの事例が沢山あるので、私達はエアポートメトロでニューデリー駅まで行くことにした。そこまで行けば、駅の反対側がメインバザールだ。空港を出たとたんに沢山のインド人が私達を騙そうと話しかけてくるものと期待していたが、あっさりとほとんど声をかけてくる人達はいなかった。エアポートメトロのトークン(切符)販売機の所で、機械の操作方法を隣にいたインド人が親切に教えてくれたくらいだった。

エアポートメトロは近未来的な内装だった。いままでのインドとは感覚が違うぞ。上海の磁浮ほどではないが、インドも発展しているんだと実感した。

ほどなく、エアポートメトロは終点ニューデリー駅に到着。ここからメインバザールまでがもうひと難関。数々のインド人が私達を騙そうと手ぐすね引いて待っていると警戒して臨んだ。メトロの構内で三人組の韓国人旅行者に声をかけられた。我々はデリーが初めてで不慣れなので、一緒にメインバザールまで言っていいかと。日本人二人、韓国人三人の計五人の小隊でニューデリー駅越えを敢行することにした。

どこかに線路を超える立橋のようなものがあるのかと想像していたのだが、ニューデリー駅向かって右側の橋のようなものは鉄格子で入れないようにされていた。どのようにしたらいいのかわからなかったので、こういう場合は素直に聞いてみることにした。ライフルを持っている警備員(警察?軍人?)のような人に、我々はメインバザール・ババールガンジーに行きたいので、線路の向こう側に行きたい。どのようにしたらいいのか?と聞いてみた。軍人は向こうだとジェスチャーで示してくれた。行ってみると、階段があり登ってみると、荷物検査のX線検査機があり、駅構内への入り口のようだった。結局、駅の中に入らなくては向こう側に行けないのだ。

駅の中を通過して、無事に線路の反対側、メインバザールにたどり着いた。韓国人三人組とはここでわかれた。メインバザールまでに向かうまでのほんのひとときのグループ行動。一期一会。ここ近年中国も韓国も嫌いになっていたが、旅のいいところは人との出会いが、そのような嫌い嫌い病を癒してくれることだろう。

さて宿探し。エアポートメトロの中で、歩き方を調べて、2年前にできたナタラージイエスプリーズにしようと思い、目指すことにした。予め通信回線がなくてもオフラインで地図が使えるようにグーグルマップの訪問予定の年のデータはダウンロードしておいた。だが、なぜかグーグルマップの現在地表示がおかしくて、メインバザールとは全然関係ない場所を示す。地図として使い物にならない。 もうひとつ、CityMaps2Goというアプリでopenmapsのデータをダウンロードしておいた。こちらの地図ではきちんと現在地を表示している。そこで、CityMaps2Goでナタラージイエスプリーズを目指したのだが。表示していた場所には目的のホテルはなかった。openmapsは世界中の誰もが編集追加できるフリーの地図だ。地図のウィキペディアみたいなものと表現したらいいだろうか。だが、正確性に欠けるところがある。情報量、正確性、見やすさでグーグルマップに勝てるものは存在しないとつくづく感じた。結局、歩き回り、本店であるコテージイエスプリーズにたどり着いた。部屋を見せてもらったが、窓がなく、居心地はあまり良さそうではなかったのだが、疲れていたし、明日バラナシに行く予定なので、チェックインした。

少し一休みして、晩御飯を食べに街に繰り出す。インド人で賑わっている食堂に入って、ビンディマサラとパラクパニールを頼んだ。チャパティをちぎり、食べる。食べる。美味しいさとともに、インドに来たんだという喜びが脊髄を登り上がって来るような感覚があった。 食事を食べ終え、ラッシーを飲んだ。あぁ。インドに来た。メインバザールを行き交う人々、オートリキシャやバイクのクラクション。騒音。そんな混沌に包まれながら、ラッシーを味わい、インドに帰って来たんだと実感した。

宿の前にAirtelの代理店があったので、SIMを買うことにした。SIMが使えないiPhoneは牙を抜かれた猛獣のようなものだ。iPhoneはSIMがあって初めてその威力を発揮できる。海外で現地SIMを使う。それは私の趣味であり、ロマンだ。

予め、パスポートサイズの証明写真が必要なことなどはリサーチ済だったので、すんなりとSIMの契約はできSIMを手に入れることができた。だが、インドのSIMは手に入れただけでは通信できず、アクチベーションを自分で行わなければならない。これが難関だ。アクチベーションは明日の12時以降だと言われたので、そのまま宿にもどった。

部屋にもどり、ホットシャワーを浴びようとしたが、お湯がでない。24時間ホットシャワーOKがこの宿の売りだろ。ということで、フロントにホットシャワーが使えないと言いにいった。お湯の栓は左側だと言われたが、左側をひねっても出ない。部屋まで従業員がついてきて、左側の栓をひねる。5分待てと。ひねってすぐにお湯がでるのではない。出しっぱなしで、5分しなければお湯にならないという。言われた通りに待っていたら、確かにお湯になってきた。暖かいシャワーを浴び、すっきり。 寝る前にiPhoneに入れていたチャイナユニコムのSIMをAirtelのSIMに入れ替えた。まだ電波はひろっていない。No Signalのままだ。使えるのは明日アクチベーションが終わってからだろう。 眠りについた。

旅日記1 上海

インド新婚旅行でデリーに向かう乗り継ぎで、上海に来ました。現地でSIMを挿すのは私の趣味。上海浦東国際空港でChina Unicom(中国联通)のSIMをゲットし、SIMフリーiPhoneに挿しました。だが、検索してもパケットが流れてこない。グーグルマップもだめ。そうか。中国はグーグル規制があるんだった。 旅先での通信の安全を確保するために、自宅回線とのVPNの設定をしておきました。iPhoneVPNをオンにしたところ、無事、中国联通の回線でグーグルのサービスが使えるようになりました。

磁浮(リニアモーターカー)を使い、空港から上海市街へといきました。磁浮は時速400Km以上。車窓から見える景色が早送りのように通り過ぎていきます。

さて、上海市街につきました。私の旅の原点。上海。黄浦江沿いの外灘(バンド)を歩き、かつてのバックパッカー宿、浦江飯店にたどり着きました。浦江飯店のドミトリーはもう10年以上前になくなってしまい、今はレトロなやや高級ホテルとなっていました。でも、随所に懐かしい雰囲気が漂います。

上海は一泊だけなので、晩御飯は美味しいものを食べたいと、トリップアドバイザーで調べ、建国328小館という上海料理店に行ってみました。上品かつ洗練された中華料理で、今の中国を感じ味わうことができました。大満足。

旅先でグーグルマップが使えるという今日のテクノロジーと、かつての自分が行っていた旅のことが重なり、時代の流れを感じました。自分を取り巻く環境も、内面も当時とは変わっています。

でも、旅をすることの価値は同じような気がします。 いま感じていることを、そのまま残してみました。

浦江飯店の朝御飯。すごく美味しかった! 旅のスタートとしては、上々。

今日はこれからインドのデリーに向かいます。

旅のお供の小さなスピーカー

今年の年末年始は妻とインドに行く。正月休みに結婚休暇をつなげて、2週間の休みをもらうことができた。

インドは何年ぶりだろう。12年ぶりになるのかな。 デリーに降り立ったときに、俺は何を感じるのだろうか。時は流れて同じ場所にたつ。あの頃と今とでは、内面が変化しているだろう。そして一人ではなく、妻と一緒だ。

一生かけて、世界のいろんなところを見せてあげたいなと思う。共に歩きたいと思う。久々にバックパッカーに戻る。かつての旅とちがい、一年以上放浪したり沈没するスタイルではない。2週間という時間の中で、妻と作り上げる人生の中のショートムービーのような感じかな。

「私の人生は、私が監督で、私が出演している、私だけの映画のようなものである。」

そんなことを、かつての旅のなかで感じた。 せっかくの、映画の撮影なので、やっぱりBGMは必要だよね。 と、Ankerさんのとても小さなスピーカーをかった。

3時間の充電で12時間の再生が可能。というか、すごい小さいのに、結構いい音がでて、びっくりというか満足。

出発まであと3日。 年賀状仕上げてからいかなきゃ。

会社四季報を買ってみた

今年から始めた株式投資

もっと早くから始めておけばよかったなぁ。などと思うところもあるが、いまさらそんな事いっても仕方ない。

株への興味はもう何年も前からあったのだが、一歩を踏み出せないでいた。お金は欲しいと思っていても、どこかである分だけあればいいと思っていたのかもしれない。

だが、遅れ馳せながら結婚して、家庭を持った。 自分だけでない。妻を養い、そして子供も欲しい。 だからある程度金銭的余裕が欲しい。

今年始めに興味をもったのは、様々なポイント制度やクレジットカードのことだった。ちょっと調べて工夫すれば、消費税増税分くらいは簡単に節約できることがわかった。さらに工夫すれば、いろいろもっとお得になる。

次に調べ上げたのは、携帯電話のこと。複雑な料金制度を知り、一括0円、キャッシュバックなどでできる限り安く使う。もしくはお小遣い稼ぎをする。MNPで儲けることは、難しくなったが、調べた知識は無駄にならない。

そして、6月に奄美大島の父親のところに結婚の挨拶にいった。その際に、帰り際に「よかったら読んでみろ」と渡されたのが「ピケティ入門」という本だった。帰りの飛行機のなかで、その本を読んだ。投資をするということ自体への重要性。それを知った。

私はもうおっさんだ。年齢的ハンディもある。働いて得られる賃金のみでは、豊かな暮らしはできない。お金のことを勉強する必要を感じた。

まずは始めてみる。そのようにして、7月くらいから株式投資をはじめた。

情報収集はパソコンやiPhoneなどでやるのが得意だが、あえて紙媒体でやってみる。会社四季報を読み込んで、わからない単語や気になることなどを調べあげ、もっともっと株のことを知りたい。

この大海原にはいろいろな冒険がありそうだ。 楽しく思う。 今日はあえて各駅停車にのって、会社四季報をよみながら帰宅している。