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shantipapa’s blog

私の人生の記録です。節約、Apple、代替医療、瞑想など

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旅日記4 大晦日のバラナシ

まだ暗いうちに目が覚める。車窓から見える風景がぼんやりと薄明るくなってきた。そんな景色をうとうとしながら眺めていた。7時半頃に駅に停車した。グーグルマップで現在地を確認したところAllahabad Junction という駅だった。

海外を旅するときに現地SIMが使えるのはとても便利なものだ。もちろん日本のキャリアが提供する海外ローミングでも同様なことはできるのだが、値段が桁違いだ。だいたいの価格であるが、中国でもインドでも初期費用でだいたい1200円くらいで1GBのデータ通信+通話が可能となる。1日ではなく、滞在期間でその値段だ。パケット容量が足りなくなれば追加もできる。事前の下調べなど必要であるが、この便利さは変えがたい。現地SIMをいかにして使うかが、次世代型バックパッカーの要点になってくるだろう。

Allahabad Junctionで朝のチャイを購入し、車両にもどった。列車は2時間以上遅れている。バラナシにつくのも遅れるだろう。これもインド時間、のんびり待つとしよう。

異国の列車に揺られ車窓を眺める。いま自分は旅をしていると心から感じるひとときだ。私はこんな時間が好きだ。

お隣の席に座っていたビハール出身の紳士が朝コーヒーを私たちにも振舞ってくれた。旅のひとときの出会い。ありがとうと言うと紳士も嬉しそうにしてくれた。

やがて列車はバラナシ・ジャンクション駅に到着。インドの列車は基本的に駅に着く前に何のアナウンスもない。おまけによく遅れるので、旅行者は気をつけてないと目的地で降り損ねる恐れもある。なので、長距離列車に乗る際には、近くのインド人に目的地を伝えておいて、目的地が近くなったら教えてもらうと良いと思う。 私はiPhoneのGoogle mapでいま列車が走っている位置を確認して、目的地のバラナシ・ジャンクションが近いことを把握していたのだが、隣のベットのビハール州出身の紳士も、私達のことを気遣って、地図を見ていてくれた。その心遣いが嬉しかった。ありがとう。

車両を降りると、Kedareswarでお願いしておいたピックアップの方が私の名前を書いた紙をもって待っていてくれた。彼の車はオートリキシャではなく、普通の4輪自動車だった。バラナシはデリーに比べたら田舎であるが、それでも道行く車やリキシャ、バイクの数は多い。おまけに牛が道の真ん中で寝ていたりする。これぞインドって感じが湧いてくる。この方は、私達が日本人だとわかると「Prime minister Abe」の話しをし始めた。安倍総理のことか。私は知らなかったのだが、インドを訪問した安倍総理がバラナシにも来たらしい。その時にはバラナシ中の商店が全て閉まったとのことだ。

ガンガー沿いのバラナシ旧市街は車やリキシャの乗り入れができないので、近くのGodauliya Lanka Rdに車を停めて、そこからはゲストハウスまで歩いた。バラナシ旧市街の細い路地を歩く。もう何年ぶりになるだろう。26歳になったときだ。あの時は中国の上海に船で入り、陸路中国を西に進みチベットからネパールに入り、その後インドのここバラナシにたどり着いた。その時が僕にとっての初めてのインド。そして17年の時を経て、いままたここバラナシを歩いている。

やがて私達はチョーキーガート近くのケーダルシュワールゲストハウスに到着した。オーナーのミントゥさんは日本語がとても達者だ。ここバラナシには3泊する。せっかくなのでガンガービューの部屋に泊まりたい。今日はこちらのケーダルシュワールは満室なので、今日の宿泊は姉妹ゲストハウスのクリシュナゲストハウスに泊まり、明日部屋を移動して、ケーダルシュワールのガンガービューの部屋に2泊することとした。また今晩ゲストハウス近くの別会場で大晦日のインド音楽コンサートがあるというので、参加してみることにした。

クリシュナゲストハウスはケーダルシュワールから歩いて5分ほどのところにあった。オーナーのミントゥさんのもともとの実家を改装したらしい。まだ新しく綺麗な宿だ。荷物を置いてほっと一息。長時間移動して、ゲストハウスにチェックインし、荷物をおろす瞬間。この瞬間がたまらない。ほんのりとした疲労感、そして、宿の外に広がる街中。これからこの街でどんな出来事があるんだろう。そんなワクワクだろうか。心躍るひとときだ。

さて、今回の旅では、着替えをあまりもってきていない。上海から旅を始め、デリー、列車泊と今日で4日目。そろそろ洗濯をしなくてはならない。街を少し散歩がてら洗剤を買いに外にでることにした。洗剤はそこらにある商店で小袋にはいったものが買える。レセプションでWhere's general store? (雑貨屋はどこ?)と聞いてみた。受付のお兄さんがComeと案内してくれたのだが、雑貨屋ではなく、もとのケーダルシュワールゲストハウスに案内されてしまった。ケーダルシュワールとクリシュナゲストハウスは歩いて5分ほどなのだが、細い道をジグザグに曲がっていくので、最初はわかりにくい。なので気を使って案内してくれたのだろう。このケーダルシュワールゲストハウスはベンガリートラ・ロードに続くメインロード沿いにあるので、この道沿いに商店やカフェなどたくさんある。

洗剤だけ買って、すぐに宿に戻るつもりだったのだが、ガンジス川(以下、ガンガーと呼ぶ)近くまで来たので、このままガンガー沿いを散歩することにした。

ここは特別な場所だ。ヒンドゥー教の聖地バラナシ。 帰ってきたという気持ち。また来れたという気持ち。 嬉しくワクワクする気持ちもありつつ、心の奥はすっと静まってもいた。似ているものも違うものも溶け合うような、そんな気持ちが生じた。

まだバラナシには来たばかりだ。お腹も空いたし昼飯でも食べようということにした。ガンガー沿いのアジャイ・ゲストハウスの屋上レストランで食べることにした。ガンガーを眺めながらのランチなんでいいじゃないか…と思って入ったのだが、注文したフードがなかなか来ない。30分待ち、40分待ち…あとから入ってきた金持ちインド人の注文したものが先に出てくる始末。ずっと座っていると、曇り空を通り抜けてきた太陽光線にじりじりと体力が奪われていき、なんか我慢大会みたいになってきた。妻も消耗してきている様子が見て取れたので、日陰の席に移った。やがて1時間弱ほどして、私たちの頼んだ料理が運ばれてきた。まぁ、味は普通。普通に美味しくいただきました。

その後は、ベンガリートラ・ロードにでて、バナ・ラッシーという評判の良いラッシー屋さんに行ってみた。私はバナナココナッツ・ラッシー、妻はパパイヤ・ラッシーを注文した。うん。これはうまい!芸術的ラッシーだ。

その後、最初に外に出た目的であった洗剤を買って宿に戻った。シャワーをあびつつ、バケツにお湯をいれて洗濯をした。洗濯物を干したら、昨晩からの列車での移動と街歩きの疲れがでてきた。妻ももううとうとしている。ほんの少し仮眠をとることにした。

一時間半ほど眠っただろうか。外はもう暗くなってきていた。日没後に行われるプジャ(礼拝)はぜひ見ておきたい。私たちは再び、日が沈み暗くなったバラナシの街にでた。

ダシャーシュワメート・ガートの前は人だかりができていて、プジャーが行われいた。響き渡るタブラーのリズム。炎の舞とともに神への祈りが捧げられる。涙を流している婦人がいた。これは本来、観光客用の見世物でなはく、ヒンドゥー教の儀式なのだ。

私は宗教全般が結構好きだ。好きというのも、少し変な言い方かもしれないが、とにかく好意的に思っている。若い頃は宗教なんて全く興味がなかったのだが、大学4年の時に初めて海外を旅した時に、チベットに行き五体投地を見た時に、何かが変わったのを覚えている。「あぁ。心から信じられるものがあるのは、きっと幸せなことなんだろうな。」そんなことを思ったことを思いだす。時がほんの少しとまったような感覚。人々の祈りのつぶやき。紺碧の空。繰り返される五体投地。そんな20年前の旅の一幕がここバラナシで思い出された。

さて。今日は大晦日。2015年の締めくくりは、インド音楽の生演奏を聴きながらディナーだ。ケーダルシュワール近くのシャンティ・ゲストハウスという宿が主催する年忘れインド音楽パーティー。購入したチケットに8時からと書いてあったので、8時ぴったりに行ってみたら、演奏者四人の到着と同時になったが、観客は他にだれもいなかった。やがて、30分ほど時間がたつとある程度観客もあつまり、1時間ほどして、かなり席がいっぱいになってきた。インド時間の8時開始は8時から少しずつ人が集まり始めるということのようだ。

やがて、インド音楽の演奏がはじまった。タブラーのリズムが心地よい。歌い手がとても表情豊かに楽しそうに歌っていたのが印象的だった。

食事はインド料理のビュッフェ。美味しくお腹いっぱいに頂いた。インドと日本の時差は3時間半。食事をしながら、日本はもう年が明けているな。ふとそんなそことを考えた。

食事のあと、インド音楽第二幕があり、年を越したらハッピーニューイヤーのケーキがあったそうなのだが、私たちは移動などで疲れもでてきていたので、晩御飯を食べて少ししたら、会場を後にした。

シャンティ・ゲストハウスを後にして宿へ戻る。バラナシの夜道は少し緊張するが、何事もなく宿に到着。2015年もこれで終わり。今年は結婚もしたし、こうして妻とインドに新婚旅行に来ている。良い年であった。